辻井伸行のコンクールCDは素晴しいぞ

感動のヴァン・クライバーン・コンクール・ライブ

感動のヴァン・クライバーン・コンクール・ライブ

演奏者がヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで優勝したときの様子がTVでも流れたが、そのとき少し聴いた部分にたちまち惹かれてしまったので、CDが発売されてすぐに購入し、聴いてみた。TVで流れていたのはショパンだったが、確かにエチュードop.10からの六曲がいい。各曲の引き分けが巧みで、技巧も問題ない。充分、魅力的だ。
 問題はベートーヴェンの難曲、「ハンマー・クラヴィーア」だ。第一楽章、第二楽章ともに、曲のスケールの大きさを表現しきれていない。こうなると、ミスタッチの多さも目立つ。少し懸念し始めたのだが、第三楽章は、その懸念を吹き飛ばすような、深い演奏だ。これには唸らされた。この緩徐楽章は、晩年のベートヴェンの到達した、精神性の高峰であり、そう簡単に弾きこなせるものではない。終楽章のフーガも、これまた技術的にも内容も難曲中の難曲だが、これも素晴しい演奏(ポリーニ盤よりもいいくらい)で、演奏者の将来をほとんど確信した。
 全体を通しての感想だが、この人の演奏は、表現力の幅が広いのが特徴だと思う。リストの「ラ・カンパネラ」を見事に弾きつつ、いわゆる現代音楽の書法で書かれた、ジョン・マストのコンクール課題曲もとても魅力的に弾いてしまえるのだから。これを聴くと、この人には現代音楽も結構合っているのでは、などと思ってしまう。
 これは書いておくべきだと思うのだが、演奏の巧拙もさりながら、この人の演奏には、日本人ピアニストにはなかなかない、確固たる個性がある。この人なら、この曲はどう弾くだろう、などと楽しみになる個性が。やはりクラシック音楽というのは西洋の発祥だから、日本人がナチュラルに演奏しているだけでは、どうしてもなにか足りないのであるが、とうとう日本人もこういう若きピアニストを産んだか、という思いである。(もう少し言っておけば、この個性は紛れもなく日本人としての個性なのだが、それが普遍性に繫がっているのである。)本当に将来が楽しみだ。次のディスクも、きっと買ってしまうにちがいない。