生物の形態を決定するのは「袋」である

形の生物学 (NHKブックス)

形の生物学 (NHKブックス)

生物における形態というのが、いかにしてDNAレヴェルと繋がっているかというのは、従来からの難問だった。自分の知見の範囲では、蛋白質の高次構造などが説明されていたくらいだと思う。本書はこの問題に一定の説明をつける、画期的なものだ。キーワードは「袋」である。まず、人間の体で、皮膚と消化管内壁から成る「袋(上皮シート)」はわかりやすい。しかし、人体には大きく見ても、「血管」を成すものと、「体腔」を成すものも合せて、三つの「袋」が人体を区切っているのだ。その「上皮シート」をつくる上皮細胞が、何としても「袋」の形を採りたくて仕方がないというのがわかってきたという。そして、その「袋」の形は遺伝子によって或る程度決定されるのであり、そのメカニズムもだいぶ解明されてきた。
 しかしまた、それはすべて遺伝子に拠るのでもなく、細胞がまるで意思があるかのように移動・変形もするのであり、その機構の説明として、物理学的にいって最小エネルギーとなる形態に落ち着く場合や、化学的な分子の存在密度によって細胞の形態・変形が決められる場合*1もあるという。これらは確かにありそうなことだ。一方、細胞自身の力学的構造に拠るものもある。上皮シートの細胞の六角形の構造などはそうだ。また、血管系が、ランダムなネットワークから分岐系に移るというのも面白い。
 それから、本書の特徴として、形態が展開していく過程を、コンピューター・シミュレーションで再現させて見せているという点がある。個人的な話になるが、学生時代に分子生物学をやっている友人と、このコンピューターによる証明について語ったことがあるのだが、そのときは、安易だとしてあまり釈然としなかったように覚えている。眼の発生をシミュレートして、はい御仕舞、証明終というのはないなという感じだった。しかし、いまではそれが当り前のことになってしまったようだ。
 本論とはちょっと関係が薄いが、人間の心臓が体軸に非対称的な位置にあるのはどうしてか、というのも興味深かった。生物内のアミノ酸は、光学異性体のL型の方しか存在していないことは有名だが、そのキラリティーによるものだというのだけれども、これは果して本当なのだろうか。もしD型アミノ酸から成る生物がいるとすれば、心臓は逆の位置にあるのだろうか。

*1:これは、神経細胞シナプスが、まるで行き先を知っているかのように結合することの、説明ともなっている。ちなみに、本書のここの部分は難解。