「エルナニ合戦」だけでなく、戯曲そのものも面白いぞ

エルナニ (岩波文庫)

エルナニ (岩波文庫)

文学上の新旧対立の結果としての「エルナニ合戦」は、どの仏文学史にもある有名なエピソードである。実際この戯曲『エルナニ』は、古典劇が守るべきとされる「三単一の法則」のうち、「時の単一」と「場所の単一」を守らぬ、当時としては異例の戯曲であり、その擁護者と反対者が劇場で対立し、騒動になったというのが「エルナニ合戦」なのであった。そして、この「エルナニ合戦」の勝者として、フランス文学においてロマン派が台頭したのである。で、ということばかりが名高い本作ではあるが、ロマン的な戯曲として、実際に読んでみて、これは意外に傑作だと思った。話は一本調子ではなく、生き生きとした情熱に支配されており、スペイン国王に敵対する反逆者である主人公のエルナニと、ヒロインのドニャ・ソル(これはあまり個性的でない)、主人公の恋敵であるスペイン国王ドン・カルロスの他に、これまたヒロインを愛してしまう老貴族ドン・リュイ・ゴメスの存在が、劇に深みを与えている。悲劇的なラストシーンも、このドン・リュイ・ゴメスの貴族としての矜持が、決定的だ。実際、本作を読んで、「ああロマン派というのは、こういうものなのだな」というのが、分ったような気がするくらいである。まさしく情熱が迸っているのだ。