橋本治の「哲学書」

いま私たちが考えるべきこと (新潮文庫)

いま私たちが考えるべきこと (新潮文庫)

そう見えないかも知れないが、本書は実は「哲学書」である。それがそう見えにくいのは、本書が「翻訳書を読まない人の言葉」で書かれているからだ。著者はたぶん、翻訳の哲学書など読まない。そういう言葉で哲学をしようとすると、日本語がいかに哲学的に鍛えられていないかが分る。「俗語」で哲学すること。本書の難渋ぶりは、まさしくそこにあるのだ。本書に頻出する、「自分(あるいは他人)のことを考える」とか、「近代」と「前近代」とか、これは西洋哲学の用語として使われていないために、何だか判るようでもあり、判らないようでもある、奇妙な言葉になっている。例えばドイツ語なら、これらは何らかの形で定義されてから、話が始まるかも知れない。しかしこれは、日本語(しかも橋本治の!)だから、そういうわけにはいかないのだ。でも、日本語を鍛えようと思ったら、こうして悪戦苦闘してみるより他はないのである。そしてまた、それを苦労して読み解いてみるしかない。哲学とは、実は、こういうところにひっそりと咲くものなのだ。