梶谷懐による現代中国論の名著

「壁と卵」の現代中国論: リスク社会化する超大国とどう向き合うか

「壁と卵」の現代中国論: リスク社会化する超大国とどう向き合うか

一部で話題になっていたので、読んでみた。期待に違わぬ、すばらしい本である。これほどの学者がいたのかと思った。著者の専門は現代中国経済であるが、経済学的なものも含め、(自分にわかるだけでも)問題を見る視点がじつに多様である。常に複眼的思考がなされていると云っていい。これは、ただ散漫ということではなく、現実というものの複雑さがそうさせるのである。「壁と卵」というのは、無論村上春樹エルサレム賞受賞スピーチで使われた言葉であるが、本書では、この「壁」=システムが、「卵」=個人を翻弄する現代という視点から、ゆるやかな議論の統合が行われている。現代中国は、確かにかかる視点から見えてくるものはきわめて多いわけだが、これは実際、中国に限定されるものでは勿論あるまい。それは本書の守備範囲を一応超えてしまうかもしれないが、例えば現代日本においてみても、本書の態度は充分に適応可能であろう。もっとも、日本においては、ステロタイプの横行による、問題の隠蔽が課題になってくるだろうが。
 しかしまあ、そんなに力みかえらなくとも、現代中国は主に経済的に、我々の日常において、既にしょっちゅうぶちあたる存在になっている。そんな日常的な疑問に答える本としても、本書は活用できる。例えば、中国の野菜が、スーパーの店頭から、相当の割合で消えてしまったことについて*1。これは、著者の視野の広さがもたらすものだと云ってよいだろう。
 また、具体的には、現代の中国の内政事情、人権問題、チベット新疆ウイグル自治区での紛争問題などでも、どのような視点に立てばよいかを考えさせてくれる。最後の村上春樹論も、村上春樹における中国の重要性を指摘して秀逸だ。真の知識人の書いた本だと云えるだろう。


※追記 改めて本書をぱらぱら見てみると、上の文章では言い尽くせていないところが多い。ネット上で他に信頼できる人の解説がみられるので、是非そちらも参照して頂きたい。

*1:もちろんこれは「食の安全」の問題なのだが、その問題に対しての日本人の「構え」を、著者は問題にするのである。