「アラブの春」の帰結

本書の内容は、題名どおりと云えばそうなのだが、さほど簡単でもない。まず著者の重信メイだが、日本赤軍重信房子パレスチナ人の父の子供という、確かに特異な生まれである。しかし本書を読むかぎり、中東問題、アラブ問題の専門家として、そのことは取り敢えずオミットしておいて充分であると判断する。本書でも、自らの出自のことは一切話題にされていない。
 自分が本書を知ったのは、松岡正剛の「千夜千冊」で取り上げられていたからである。本書については、だからその該当夜(参照)を読んでいただければよい。もうこれ以上書く必要もないのだが、まあ一般人の感想くらいは書いておこうかと思う。だから、以下は蛇足である。


いわゆる「アラブの春」については、ネットでも色々な見方があったが、個人的には、本書を読んでさほど意外に思ったことは少なかった。チュニジアやエジプトにあっては、確かに「革命」を起こしたのは民衆の蜂起によるものだったが、「革命」の最終段階でそれらは既成組織の手に落ちたのである。チュニジアでもエジプトでも、最終的に政権を握ったのは「ムスリム同胞団」であった。もっともこれらは、本書に解説があるが、統一された組織のようなものではない。「同胞団」というのは英語で言えば「ブラザーフッド」ということで、一種のムーブメントに近いというのが実態である。その中身は、チュニジアの場合は(必ずしも一般の支持を受けない)イスラム原理主義者たちであり、エジプトでは、端的に言って「軍」である。だから、エジプトでは、「革命」は軍事政権の手に落ちたというのが正しい。
 リビアの場合はどうか。これは、千夜千冊や安藤礼二の著書にもあったが、カダフィの日本(や他の先進国)におけるイメージは、捏造されたものであることにまず注意しなければならない。リビアは実質的に社会主義国であり、カダフィは基本的に民衆に支持された指導者であって、そして間違ってもヒトラーでもスターリンでもなかった。独裁ではあり、権力の腐敗も確かにあったが、それは程度問題であり、民の生活を考える指導者として、力量があったことは疑いない。ただ、ムスリムの連帯(晩年はむしろアフリカの連帯の方に舵を切っていたようだが)を真面目に考えることで、欧米先進国に脅威と考えられ、そのために情報操作をされてあのようなイメージが作られたのである。そして、カダフィ政権を倒したのは、背後で反カダフィ勢力を強力に支援した、欧米先進国であった。これも疑いがない。そして、いまリビアは、無政府状態に近くなっている。ちなみに、先日のアルジェリアの日本人人質事件も、そこに関係がある。


これは個人的なことだが、本書で驚かされたのはシリアの場合である。シリアは政府軍が反政府勢力を虐殺しているものだと、自分は疑いもしていなかったのだが、これは欧米の捏造なのだという。アメリカがシリア内戦に介入する理由は、対イラン政策にあるという。親イラン的な、レバノンやシリアに存在するヒズボラを抑え込むためらしい。著者は、在来の反政府関係者にインタビューし、彼らから「この内戦はおかしい」という情報を得ているらしいので、事実の可能性が高い。実際に内戦が起きているところでは、これまた「ムスリム同胞団」の存在が確認できるという。もっともこれらは、今の自分の判断できるようなことではない。


それから、アルジャジーラの報道が信用できなくなったこと。これは傍証がたくさんある。実際、従来のアルジャジーラの記者の少なからずが、偏向報道にうんざりして辞めている。また、インターネットが急速にデマのために使われているということ。これは、その機能を見れば当然のことであろう。実際、デマのための動画が相当数 You Tube などに投稿されていて、誰でも見ることができるらしい。これらを疑問の余地なく検証するのは、なかなかに大変なことだろうが、リテラシーのある者には、疑わしいことはもちろんすぐにわかるだろう。我々に必要なのは、そのようなリテラシーなのではないかとも思う。これは、議論を判断するのに、内容の真偽がわからなくとも、議論の仕方でだいたいのことがわかるのに似ている。


正直言って自分は、「アラブの春」等々にそれほどの関心のある者ではない。せいぜい「タイム」誌をぼーっと眺めたり、ネットを流したり、新書を気まぐれで読んでみたりする程度のことしかしていない。この程度の理解ではいけないのかも知れないが、これもまたなかなかむずかしいことである。一般人というのは、どこまでやったらいいのだろうというのは、時々考えるのだが、明確な答えがあるわけでもないのだ。