極めて面白いローマ帝国衰亡新史

新・ローマ帝国衰亡史 (岩波新書)

新・ローマ帝国衰亡史 (岩波新書)

これは面白かった。ローマ帝国の衰亡の歴史が、ここまで刺激的だとは。在来の通説を一変させている。本書に拠れば、(西)ローマ帝国は通念に反し、四世紀三七〇年代中頃まで、対外的には決して劣勢でなかった。その崩壊はじつにその後のわずか三〇年で起こったのであり、その過程で西地中海の小勢力に転落してしまうのである。普通西ローマ帝国の滅亡とされる四七六年の最後の皇帝の廃位など、同時代的には注目すべき事件でも何でもなかったのだ。
 通説が覆されるのは、他にもたくさんある。例えば、ローマ帝国に国境という考え方はなかったこと。従来言われていた「国境」というのは、精々軍隊駐屯線に過ぎず、それもまた、曖昧なものであった。境界は「線」ではなく、いわば「ゾーン」だったのであり、物資や貨幣などもそれを越えて流通していた。そもそもローマには共和制の頃から、「限りない帝国」(インペリウム・シネ・フィネ)という考え方があったという。
 また、「ゲルマン民族」というのも、そうした「民族」がまとまって存在したわけではないということ。実際、「ゲルマン民族」とされる中から、ローマ帝国における有力者になることは、めずらしくも何ともなかった。では、「ローマ人」とはいったい何だったのか。著者はそれを、己を「ローマ人」と見做す人々に他ならないとする。これはトートロジーではない。著者がローマ帝国は想像の共同体ではないと述べているところがあるが、その意味ではやはり、ローマ帝国は想像の共同体に他ならなかったのだ。
 本書を読むと、ギボン(ちなみに自分はまだ積ん読のままです)以来の、学問の進歩を感じさせる。軍人皇帝時代なども、通説は一変させられている。「背教者」ユリアヌスに一章を当ててあるのも面白い。歴史の好きな人には、是非お薦めの好著です。