震災と民衆的想像力

鯰絵――民俗的想像力の世界 (岩波文庫)

鯰絵――民俗的想像力の世界 (岩波文庫)

ふぅ、大著をやっと読み終えた。「鯰絵」とは、安政の江戸大地震の直後に市中に出回った、鯰を主人公(?)とする刷り物で、震災後にもかかわらず、飛ぶように売れたという。著者は、この「鯰」が一種のトリックスターであることを見抜き、そこから、民衆の想像力の広大な世界に鍬を入れてみせた。本書は民俗学の成果としてもっとも成功したものの一つだと云え、レヴィ=ストロース以前の「神話の構造分析」の論文として、大きな成果を収めている。著者の筆は鯰を出発点として遠くまで及んでおり、残念ながら、その細部の判断は自分の能力を超えている。ただ、かつての民衆的想像力の深さは圧倒されるほどで、対比的に見ると、現代の我々の想像力の貧しさにも驚かされずにはいない。解説の中沢新一の言うとおり、「自然のものでもあり人間のものでもある『第三の空間』そのものに内蔵された知性」(p.588)が、我々には欠けている。それは、先年の大震災に対応した我々の想像力と、江戸の民衆のそれとの差である。我々は、自然と人間を包括した視線で見る知恵を失った。人間のことしか、頭にないのだ。他人ごとではない。
 そう、今度の震災でこのような「鯰絵」などを描いたら、不謹慎だとして袋だたきにあっただろう。逆に、安政の大地震でも多くの死者と夥しい損害を被ったのだけれども、江戸の民衆がそれにユーモアすら混じえて対応しているのが、ほとんどあり得ないことなのかも知れない。実際、関東大震災の時はこうしたことは起こらなかった。不思議なことである。