絲山秋子はいつもいつもカッコいい

エスケイプ/アブセント (新潮文庫)

エスケイプ/アブセント (新潮文庫)

主人公は左翼の活動家で、年は四〇歳あたりであり、この小説の時間設定はほぼリアルタイムであるから、左翼の活動家なんてものはアナクロもいいところである。で、主人公もそのことに気がついて、活動を止め、新しい生活に入る前に、東京からぶらり京都まで、急行銀河(これも現在は廃止)に乗り込むところから本書は始まる。旅の友は、軽い話し言葉の脳内会話だ。これが軽いのにどこかうらぶれていて、じつに味がある。京都で大事件に遭遇するはずもなく、ゲイ(主人公はゲイだ)の青年と出会ったり、イカものくさい偽神父と出会ったりして、淡々としみじみ話が進んでいく。じつを云うと自分は特権的な読み手で、本作に登場する京都は、殆どの地名に喚起力があって、鮮明に映像と位置関係が浮かんでくる。映画を観ているようなもので、だから、自分は本書をとてもおもしろく、かつしみじみと読んでしまったのだが、それが万人に当てはまる体験なのか、どうも自信がない。
 本書の主題は「フェイク」だとも云えよう。何もかもがフェイク、しかし、主人公でなくとも、フェイクでない奴なんて、一握りだろう。高橋源一郎さんの文庫解説(いつもながら素晴らしい)では「コスプレ」と述べているが、そう云ってもいい。自分は、ファイクを身に引き受けない限り、何にもなれないと思っているのだが。