「カリブ海域史」が必読だとは

白状しておくが、自分は最初本書について、マイナーな地域の趣味的な歴史書かと思っていた。副題を見てそう思っていたので、本書を買ったのも、趣味的な好奇心と訳者が川北稔氏だったのが大きい。しかし、中身はまったくちがっていた。そもそも、大航海時代以降のカリブ海域(西インド諸島)というのは、ヨーロッパの収奪の典型である地域で、これ以上の歴史的教訓が得られるところもないだろうという、そんな地域だったのである。実際、本書は地球上のどこに住む人も読むべきであろうという、大変重要な書物なのだ。著者はイギリス植民地下のトリニダード島出身で、オックスフォード大学で学んだ、黒人歴史家であり、トリニダード・トバゴの独立に関与して、首相にまでなった人物であるという。本書はまずカリブ海域史として、大量の資料を駆使した、手堅く精密な歴史書であることは、素人目にも明らかである。著者の経歴から、本書がヨーロッパ諸国(民)の犯罪に敏感であるのは当然のことだが、それは知的なスパイスと正当な怒りが効いているもので、倫理的に強靭であるのが印象的だ。個人的には、歴史の常識であろう、西インド諸島における砂糖黍プランテーションと、奴隷貿易の基礎的な知識が得られただけでも、大収穫だった。これを読むと、ヨーロッパ人の業の深さに慄然とさせられると共に、歴史的責任というものにも必然的に思い及ばないではいられない。もちろん、ヨーロッパ人は殆どが反省・悔恨などしないであろうが、二十世紀にアジアで同様のことをやった日本人は、そのことをどう考えるかを迫られるだろう。正直言って、この問題をどう捉えるべきかは、自分は気持ちが定まらない。個人としてアジア人に糾弾されれば、呆然と立ち尽くすしかない、情けない姿を晒すことになるような気がする。以下第二巻。


本書を読み終っても、これが驚くべき書物であるという印象は変らない。ヨーロッパは、自分たちの恥と罪が克明に記録されている本書を、そう簡単に認めることはできないだろう。実際、本書は、主にアメリカで認められたらしい。
 それにしても、厳しい書物である。本巻はカリブ海域の植民地が次々と独立していく過程を描いているが、著者はそれだからといって、その過程と結果を盲目的に賛美しているわけではない。ここでも、被支配者であった者たちの過ちですら、冷静に指摘・分析してある。甘い要素というものがないのだ。
 しかし、世界史というものは恐ろしい。自分としては、日本語の中に自閉して眠ってしまいたいという誘惑を感じずにはいないが、やはりそうはすべきではないのだろうな。今の世界を一瞥すれば直ちに出てくる疑問だが、民族問題というものは、一市民がどれほど考えるべきことのなのだろうか。幸いなのかどうか、日本ではまだそうした問題はさほど全面に出てきていないが、そういうことでいいのか。いや、遅かれ早かれ、日本も「世界並み」に問題化してくるだろう。本書は奇跡的に文庫化されたが、恐らくは無視されるだろうけれど、これからの我々の試金石になるのではないか。稀有の書と云いたい。