山本義隆三部作の完成を言祝ぐ

ようやく全巻を読み終えた。これで、『磁力と重力の発見』『一六世紀文化革命』に続いて、三部作が完結した。それにしても、厖大な仕事であり、それも科学史として第一級のものであることは疑いない。この分野の本で、これほどまでに総合的であり、レヴェルの高いものは、欧米にもあるまいと思われるほどである。よくも日本にいてここまでやれたものだ。恐るべき知的膂力であると云う以外にない。
 第三巻の本書では、いよいよティコとケプラーの登場であり、読んでいて興奮させられた。ティコの観測技術の高さをいったい何がもたらしたのか、技術的なことまでバッチリ書かれているし、ケプラーに至っては、ケプラーの思考過程にまで踏み込み、現代的な数学表現まで与えてある。これを読むと、科学史上画期的な、惑星の軌道が楕円であることの発見(ケプラーの第一法則)には、エカントの物理的解釈がブレイクスルーになっていることがわかり、驚かされる。なるほど、従来の天文学でわかりにくかったエカントの導入に、かくして根拠を与えることが重要だったとは、後知恵ではよくわかるのだが。(ただし、巻末の数学的補遺も含め、数学的には高校数学をマスターしていればそれ以上の知識は必要ないが、ケプラーの思考過程は難解なので、自分もざっと目を通したに過ぎないことは断っておく。)そして、仮説を出して、実際の定量的な観測でそれを確認するという、まさしく物理学の誕生が、ここケプラーの段階で始まったことが宣言されるのだ。著者の言うとおり、影響が大きかったのは(実験を導入した)ガリレオの存在であることは、今でも変わりがないが、物理学の誕生に関するケプラーの貢献は、それでも画期的であったわけである。
 なお、物理学一筋に見える著者の姿勢だが、本書を読んでいれば、著者の幅広い読書範囲は明らかではあるまいか。文化的背景に関する理解も、明示的でないだけで、自分はしばしば驚嘆させられた。自然と「教養」が滲み出ているのだ。幅広い読書を嘲笑すらする最近の書き手にはない、深い文化理解が見られる。著者は誇示しないが、例えば古典だって、文学すらも、著者は幅広く読んでいるわけですよ。それでこそ、第一級の思考力が引き立つのである。皆さん、是非この三部作を読んでください。