エピジェネティクスと獲得形質の遺伝

アマゾンのレビューで、本書をかなり否定的に評したものが多かったので、そこらあたりも注意して読んでみた。なるほど、そう評されるのも無理はないところもある。まず、これは著者がどうしようもないことだが、エピジェネティクス自体が説明するのにかなり厄介な現象だということである。エピジェネティクスというのは、一種の遺伝的な現象であり、かつDNAの塩基配列の変化を必要としないにもかかわらず、遺伝的な変化が受け継がれ得るようなものである。具体的には、(1)ヒストンのアセチル化による遺伝子発現の活性化と、(2)DNAのメチル化による遺伝子発現の抑制によってなされる。これらを理解するには、かなりの予備知識が必要で、本書で尽く説明できるようなものではない。予備知識について言っておけば、本書には高校レヴェルの化学と生物学の知識は必須である。生物学に関しては、じつは大学教養部レヴェルの知識も必要かも知れない。また、以上は基礎的な話だが、本書の中には研究者レヴェルのジャーゴンが平気で使われているところが多々あるので、これらすべてを理解する必要はないことを言っておきたい。この辺は少し不親切かなと思った。
 で、本書を読んでいってある程度理解できれば、著者が口を濁しているところがわかるかも知れない。それは、エピジェネティクスが一種の「獲得形質の遺伝」をもたらすのではないか、というものである。獲得形質の遺伝は現代の生物学では完全に否定されているので、ここはどうしても慎重にならざるを得ないのであろう。しかし、以前から「異端的」な研究者たちによって、獲得形質の遺伝を考えに入れないと説明しにくいような現象が見出されているので、それが可能になるかどうかは大問題である。自分個人もこのあたりは非常に興味深いものを感じるのであるが、一方では、受精卵においては殆どのDNAメチル化(すなわち獲得形質)が消去され、リプログラミングが生じるらしいから、簡単に断言できることではない。というか、まだ何が正しいのかははっきりしていないと云えるだろう。
 それでも、遺伝には関係があるとも思われていなかったヒストンが、遺伝子発現に影響を与えるなど、とても面白い学問分野であることは間違いあるまい。本書が初学者には難解というのは、だから残念でないこともないのである。エピジェネティクスに関する他著も、読んでみたい気を起こさせる。