或る書物随筆

増補 書を読んで羊を失う (平凡社ライブラリー)

増補 書を読んで羊を失う (平凡社ライブラリー)

本についての本、いわゆる書物随筆である。しっとりとした肌合いの、多少古色を帯びた文体が悪くない。古今東西の書に亙る博覧強記も、まあお約束だがその通りである。自分の既に読んだ本の間に、思いもよらなかった細道で渡りがついてゆく体験は、なかなかあることではないし、楽しいものだ。岩波文庫を読み始めた頃に、寺田寅彦を愛読した者としては、「丘のうえの洋館」の一篇は旧懐に満ちた文章だし、「シンデレラの変貌」は、もし著者が中沢新一の『人類最古の哲学』(カイエ・ソバージュⅠ)のシンデレラ論を射程に収めていれば、どう応ずるだろうかと思われる。「細部の効果」にある、『遠野物語』を引いた三島由紀夫の小説論の紹介は、澁澤龍彦が「ランプの回転」(『思考の紋章学』所収)でまったく同じ部分を論じているが、これをオミットしたのは、またどうしてなのであろう。露伴を論ずるひとは、それだけで懐かしく思われる。等々。洋も漢も通ぜない者としては、洵に及び難い。
人類最古の哲学 カイエ・ソバージュ(1) (講談社選書メチエ)

人類最古の哲学 カイエ・ソバージュ(1) (講談社選書メチエ)