子規歌集

子規歌集 (岩波文庫)

子規歌集 (岩波文庫)

短い生涯に実に多くのことをなした子規であり、短歌の改革も、その業績のひとつであることはいうまでもない。その子規の実作の集であるが、短歌に詳しくない者にも、素直に読ませる力があった。子規の唱導した「写生」の好例として、むかし国語の教科書で読んだ、あまりにも有名な
  くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる
などもあるが、何といっても最晩年、既に床から離れられなくなってからのものと思われる作が、技術的な巧拙を離れておもしろかった。精神が研ぎ澄まされているような中で、健康な者なら何でもないような些細なことに、感動する力が宿っているのである。藤の花や菫の束を送られて喜び、新聞で通俗的と思われるような美談を読んで感動し、雨中で傘をさされた牡丹に注目する。
  君が手につみし菫の百菫 花紫の一たばねはや
  やみてあれば庭さへ見ぬを花菫 我が手にとりて見らくうれしも
  玉透(たますき)のガラスうつはの水清み 香(にほ)ひ菫の花よみがえる
もちろん、病んでいたからといって、誰でもこのような歌が詠める筈はない。『墨汁一滴』や『仰臥漫録』などと同じで、子規の天分と境遇がもたらした、ちょっと他には類例のないような果実なのだと思う。
柴田宵曲の子規伝について [id:obelisk1:20080717:1216271334]
墨汁一滴 (岩波文庫)

墨汁一滴 (岩波文庫)

仰臥漫録 (岩波文庫)

仰臥漫録 (岩波文庫)