西洋におけるキケロの受容

キケロ―ヨーロッパの知的伝統 (岩波新書)

キケロ―ヨーロッパの知的伝統 (岩波新書)

本書は単なるキケロの伝記ではない。イタリア・ルネサンスキケロ発見に始まり、西洋文化におけるキケロ受容について述べたものである。著者に拠ると、西洋文化に対してキケロの果した役割はたいへん大きく、とりわけ、弁論術や修辞学(日本語の苦手なところだ)の分野における影響は、決定的であるという。実際、西洋のラテン語教育のテキストとして、キケロはしばしば選ばれたといい、だから「カティリーナ弾劾」の有名な一節、O tempora, o mores! (おお、何たる時代、何たるモラル!)などは、決まり文句になって、あちらこちらで引用されているわけである。
 特に興味深かったのは、キケロ受容の主題をさらに進め、西洋文化におけるラテン語の重要性を説き、日本における(ギリシア文芸に対する)ラテン文芸の軽視に警鐘を鳴らす、最終章である。何といっても、ヨーロッパ文化を直接育てたのはラテン語であり、ラテン語の文芸についての素養がなければ、ヨーロッパ文化を深く知ることは不可能なのだ。例えば岩波文庫ひとつとっても、ラテン文学はまだまだ足りないし、翻訳されているものも訳が古いのが多い。(尤もキケロは最近新訳で入り始めたが。『アエネイス』や『哲学の慰め』などの新訳も欲しい。)
 少し話は違うが、ラテン語は文法程度の自分がいうことではないかもしれないけれども、ラテン語は日本語になりにくいのではないか、という感じが前からしている。ラテン語の名文といわれるものが、翻訳だとちっともそう感じないのがよくある。『ガリア戦記』など、邦訳では無味乾燥に思われる。(必ずしも訳者が悪いわけではないと思う。)キケロのも悪くはないのだが、日本語だとどうしても文がぶつ切りになってしまって、一文が次々に後へつながっていくといわれるキケロ得意の雄弁*1の流麗さは、あまり出ていないのではないか。まあ、それは仕方のないことではあろうけれども。
老年について (岩波文庫)

老年について (岩波文庫)

友情について (岩波文庫)

友情について (岩波文庫)

キケロー弁論集 (岩波文庫)

キケロー弁論集 (岩波文庫)

キケロー書簡集 (岩波文庫)

キケロー書簡集 (岩波文庫)

弁論家について〈上〉 (岩波文庫)

弁論家について〈上〉 (岩波文庫)

弁論家について〈下〉 (岩波文庫)

弁論家について〈下〉 (岩波文庫)

アエネーイス (上) (岩波文庫)

アエネーイス (上) (岩波文庫)

アエネーイス (下) (岩波文庫)

アエネーイス (下) (岩波文庫)

哲学の慰め (岩波文庫 青 662-1)

哲学の慰め (岩波文庫 青 662-1)

ガリア戦記 (岩波文庫 青407-1)

ガリア戦記 (岩波文庫 青407-1)

*1:id:obelisk1:20080529:1212063895参照