南部理論、小林・益川理論の本物の手ごたえ

破られた対称性 (PHPサイエンス・ワールド新書)

破られた対称性 (PHPサイエンス・ワールド新書)

二〇〇八年のノーベル物理学賞が、南部陽一郎小林誠益川敏英ら、三人の日本人に与えられたことは、まだ記憶に新しいことだろう。本書は一般向けの新書であるが、その前半は、彼ら三人の業績をなるたけ誤魔化さないよう、第一級の物理学者である著者が、きちんとした解説を加えたものである。正直言って、ある程度の物理(特に場の量子論)の知識がなければ、ちんぷんかんぷんかも知れないが、まあ、本物の息吹にふれるのもよいのではないか。キーワードは、「対称性の破れ」である。
 後半(第四章以降)は、様子を異にする。第四章は「思想としての素粒子論」とでも云うべきもので、哲学のジャーゴンはあまり用いずに、しかし深みのある物理論を展開している。著者は武谷三男らが活躍していた頃に物理を学んでいたので、物理学が思想であるとは、殆ど常識であった世代だ。著者は日本人物理学者にはめずらしく、量子力学の思想的側面について語る本などを出してきたが、これらは著者の力量を知らしめるものである。それはともかく、著者は、武谷の有名な三段階論を血肉化して自らの研究を高所から眺め、多産な研究者生活を送ったというのも、なかなか例のない仕方なのではないか。
 第五、六章は著者の回顧録のようなもので、京大時代の小林・益川らとの交友(著者の少し先輩にあたる)なども点綴する。(著者はまさしく京大理学部の純血種で、自らの「京大パトリシズム」を認めておられるが、小林・益川についてマスコミが、名古屋大学の名ばかり強調していたのがちょっと残念だったようである。小林・益川のノーベル賞論文は、彼らの京大時代の成果であり、著者と彼らは親しかった。)ここらあたりにどれくらいの人が興味を持つか分らないが、正直自分にはとても興味深かった。
 何はともあれ、本書は、昔の岩波新書を思わせるような、本格的な新書になっている。特に、若い人が挑戦してみるといい。いや、中年老年だって、なにもかまわないのだけれどね。
宇宙物理 (現代物理学叢書)

宇宙物理 (現代物理学叢書)

著者の他の本についてはこちら