和辻哲郎を丁寧に読み込んだ本

和辻哲郎―文人哲学者の軌跡 (岩波新書)

和辻哲郎―文人哲学者の軌跡 (岩波新書)

和辻の著作の中で自分が読んだのは、岩波文庫に入っているもの(しかし、これだけでもかなりの量だが)と、中公文庫の『桂離宮』だけであるけれども、哲学専門家には既にアナクロと思われているらしい和辻だが、自分には結構魅力的な書き手に見えていた。『古寺巡礼』など、一般にはまだ読まれているだろうし、素人ほどそのように感じるのかも知れない。本書は和辻を丁寧に読み込んでいるが、いい新書本になったと思う。少し前に文庫化された『倫理学』も、読むのが楽しい哲学書だったので、その楽しみに根拠をあたえてもらったようにも思われた。しかし、一般には右寄りとされているであろう和辻だが、本書に拠れば、それはそう簡単には言えないことがわかる(例えば太平洋戦争中の和辻)。また、和辻の魅力といえば、やはりその流麗な文体の力も大きいが、当り前といえばそうなのだけれども、その点も本書できちんと指摘されている。
 それから、自分には判断のつかない事柄であるが、若い頃の和辻の業績で、例えばカント論など、同時代の世界的なパースペクティヴで見ても第一級の論考になっているというのは、驚かされた。このような評価を可能にするなど、本書における著者の実力は、素人目にも相当なものと見えるのである。和辻というと、大変な秀才で、巧みに「西洋哲学」の物真似をしてみせた、などという評価が最近では多いように思われるが、著者は本書で、和辻がそんなものに留まらないということを示し、彼をある程度救ったと、いえるのではあるまいか。
古寺巡礼 (岩波文庫)

古寺巡礼 (岩波文庫)

風土―人間学的考察 (岩波文庫)

風土―人間学的考察 (岩波文庫)

倫理学〈1〉 (岩波文庫)

倫理学〈1〉 (岩波文庫)

倫理学〈2〉 (岩波文庫)

倫理学〈2〉 (岩波文庫)

倫理学〈3〉 (岩波文庫)

倫理学〈3〉 (岩波文庫)

倫理学〈4〉 (岩波文庫)

倫理学〈4〉 (岩波文庫)