失われた手仕事の思想

失われた手仕事の思想 (中公文庫)

失われた手仕事の思想 (中公文庫)

現代日本に、職人たちの存在する場所はほぼ無くなった。それは殆ど必然的である。例えば箕職人。まず、山へ材料を採りにいく仕事がきつい。それから、箕の需要がない。造っても、民芸品屋で売られ、買われても壁の装飾に使われたりする。仕事がないため、後継者を育てようにも、腕を磨く機会がない。
 村の鍛冶屋がなくなった。そのため、職人が使う道具が調達できなくなった職種がある。いま使っている道具が使えなくなった時が、仕事の終りだというのである。炭焼き職人がいなくなった。そして、山が変ってしまう。このように、職人という生態系すべてが一気に絶滅してしまう。そのプロセスを食い止めることは、不可能である。せいぜい、天然記念物のように保護して、人工的に延命させることしかできない。
 体で覚えるということ。技は口で教えられるものではなく、師匠から盗むしかないこと。そのために最良だった、徒弟制度というもの。そこから成立した、職人気質という倫理。これらは「文化」であり、「思想」である。
 手仕事の「思想」は死んだ。それは、それなりに成熟し、立派なものであった。これから、新しい生活に則った、新しい「思想」が生まれるだろう。それはまだ未知数である。この本が素晴しいのは、最後に、「そのときに、私たちが立ち会った職人が活躍した『手仕事の時代』の倫理や職業観が、新たな道を模索するときの指針になるだろう」と云っているところだ。その通りである。恐らく、将来の道は冥い。それは今の流行りを見れば予想がつく。それでも、ポジティヴにいかねばならないのだ。ネガティヴは、もう飽き飽きした。それに、自分は既にそう若いとはいえないが、若い人は、若いというだけでポジティヴだから。