青柳いづみこの大傑作

著者はピアニストであり、文筆家でもあるという人なのだが、ピアニストとしてはまだ聴いたことはないので、何とも云えない。だが少なくとも、文筆家としては大した人である。本書はピアニストの目から、リヒテルミケランジェリアルゲリッチ、フランソワ、バルビゼ、ハイドシェックという六人のピアニストを論じたものだが、日本人のクラシック音楽受容もここまできたかと、思わないではいられなかった。変な言い方かもしれないが、日本発の評論として、世界にどこに出しても恥かしくないレヴェルのものだと思う。
 しかしまあ、大上段に振りかぶった物言いはやめよう。とにかく読んでいて楽しいのだ。プロの音楽家なのだから当然かもしれないが、精緻な楽曲に対する理解や、ピアノ演奏の技術的な側面への言及は、具体的で目が覚めるようだし、一方で、感性的な側面を捉えて言葉にする技も巧みだ。云ってみれば知情相そなわった、優れた評論ということなのである。そしてあえて云えば、特に感覚的な深さとそれの言語化がすばらしいといいたい。個人的には、いわゆる「フランス物」というのは、こうやって聴くのか、と思わされた。
 個別のピアニストの記述についていえば、ミケランジェリアルゲリッチがことに面白かった。ミケランジェリのピアニズムというのは、年代であまり変化がないというのが世評だと思うし、自分もなんとなくそう思っていたのだが、一般のミケランジェリ観というのはあのドイツ・グラモフォンへの一連の録音が典型的にもたらしたもので、55-65年頃などはまた違うし、その頃が全盛期だというのは、なるほど、今まで自分はなにを聴いてきたのだろうと思わせる、見事な偶像破壊であった。こうなると、またミケランジェリが聴きたくなる。アルゲリッチのステージ恐怖も、同じピアニストの経験を踏まえて、説得的だ。個人的なことをいうと、アルゲリッチのピアノは奔放すぎて少々苦手だったのだが、文章に促されて久しぶりに聴いてみたら、その素晴しいことといったら。これでまた、新しい魅力を発見できて嬉しい。
 バルビゼやハイドシェックは恥ずかしながら一枚のCDも持っていないが、これも買うことになるだろう。特に室内楽好きとしては、バルビゼとフェラスのデュオは、是非聴いてみたい。
 いやしかし、これは著者のピアノ演奏も、絶対聴いてみないといけないな。早速通販で探そう。