ボルヘス讃

七つの夜 (岩波文庫)

七つの夜 (岩波文庫)

いわゆる文学を読むのは結構好きな方だと思うのだが、どこか「文学好き」とはちょっとズレているようにもよく感じる。好んで読書ブログを巡回するけれども、そういうところで話題になったり、高く評価されている文学を読んでも、よくわからなくて、いくら文学など好きに読めばいいといっても、やはり自分は文学音痴なのかなとちょっと悲しくなることもある。
 まあそんなことはどうでもよいことで、ただ、本書のようなものが文学だというなら、自分も諸手を挙げて「文学好き」だと言いたい。こんなに面白い文学書を読むのは久しぶりだ。本書はボルヘス晩年の講演集で、七つのテーマについて、七夜で語ったものである。そのテーマは、「神曲」「悪夢」「千一夜物語」「仏教」「詩について」「カバラ」「盲目について」である。ボルヘスもまた、澁澤龍彦がいう「観念を物のように玩弄する」タイプの作家だ。「観念」といってもメタフィジックではなく、想像界象徴界を蝶番のように繋ぐもので、上のテーマでいえば、「悪夢」というような、それである。また悪夢とは、博引旁証するに、何と魅力的な観念だろう。ボルヘスは悪夢をよく見るそうだが、ボルヘス自身の悪夢も、彼に引かれる他の悪夢も、洵に不思議なものである。例えば、遥か古代の、盲目のノルウェー王が、ただそこに居るだけという、ボルヘスの悪夢。彼は何を恐怖して目覚めたのか。
 ボルヘスを読んでいると、迷宮の中に居るかのように、どこか眩暈を覚える。読書を中断して用を足しに行くなどすると、自分が二十一世紀の東洋の一国の、田舎の平凡な一家屋にいるのが不思議な感じがする。どういうわけか、日本だったら、澁澤龍彦の書斎にでもいなければならないような気が、どことなくする。