ポリーニ三度目の、ブラームスのピアノ協奏曲第一番

ブラームス:ピアノ協奏曲第1番

ブラームス:ピアノ協奏曲第1番

ポリーニが、ティーレマンの指揮でブラームスのピアノ協奏曲第一番を録音した。自分にとってポリーニはかつてアイドルであったし、これからたとえそのピアニズムがボロボロになっても、それでも新譜が出れば買い続けるであろう、唯一のピアニストである。であるからには、聴かないではいられない。この曲はポリーニの三度目の録音であり、これだけ再録音している曲は他にない。この曲に対する彼の思い入れが感じられる。
 まず、全体の包括的な印象から云おう。端的に言って、考えられるもっとも完璧な演奏だと云っていいだろう。それはただ楽譜どおりに弾いているとか、そんなことではない。テクニック、解釈、さらには曲が要求するパトスの表現に至るまでが、完璧である。だから、とりわけこの曲を初めて聴くとかいった人には、安心して薦められるとも云えるだろうか。ライブ録音でこれほど完璧な演奏がなされるとは、やはりポリーニであり、またわざわざこの演奏をCD化したのも、本人が納得し、自信をもっていることの表れだろう。
 で、ここからがつぶやきである。この演奏はほぼ予想通りだった。そして、予想を裏切られる点はほとんどなかった。自分勝手な話だが、驚きも、感動も、これもほとんどなかった。いや、唯一新鮮だったのはその音で、引き締まった、じつにいいピアノの音だと思う。
 個人的には、この曲の一番思い入れのある演奏は、ポリーニ第一回目の、ベームとの録音である。この演奏を褒める文章に出会ったことがないのだが、若き完璧主義者と云われつつ、すさまじく過剰な演奏で、こちらの心をゆさぶって已まなかった。最近は聴いていないのでどうだかと思うのだが、今回の演奏を聴いていて、このかつての演奏が思い出されてならなかった。このブラームスのピアノ協奏曲第一番は、ピアノ付き交響曲と呼ばれるくらい、ピアノ協奏曲にしては変った曲だが、若きポリーニの演奏は、破綻に近いほどの、ピアノの突出した演奏ではあった。結局自分は、完璧さよりも、その過剰に深く魅入られていたのだと思う。
 というわけで、この演奏は、一般に薦められることは確信しつつ、自分の愛聴盤にはならないかも知れない。なお、ティーレマンの指揮には何の不満もないが、取り立てて魅力も感じなかった。
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番、ハイドンの主題による変奏曲

ブラームス:ピアノ協奏曲第1番、ハイドンの主題による変奏曲