渡辺京二による、現在最良の現状分析のひとつ

名著だと思う。著者は恐るべき実力者だ。年齢というものをまったく感じさせない、大変な内容の濃さである。本書の中で重要なところを指摘するだけで厖大な量になってしまうので、簡単な感想だけ。
 まず、現代人の生活は、ほとんどネーション=ステートの管理下にあるということ。昔は民衆はお上のことなど知らないで済ませていられたが、今は誰もが天下国家を論じるし、そうしなければならないような雰囲気になっている。しかし著者は、大衆にいちばん大切なことは、決して天下国家の問題ではなく、自分の生活圏の中にあるということを強調する。「私たちはまったくの個人として生きるのではなく、他者たちとともに生きるのですから、その他者たちとの生活上の関係こそ、人生に最も重要なことがらです。そして、そういう関係は本来、自分が仲間たちと作り出してゆくはずのものです。」(p.52)それはもちろん、天下国家を無視していけばいいということではなく、優先順位の問題なのだ。確かに、今アナーキスト的な発想が重要になっていることは、自分も強く感じる。
 また、今日世界は、ほぼ西洋化されたということ。これにはいい面も悪い面もあるが、その事実を忘れてはならないこと。例えば、アジアはアジアでやっていけばいいなんて考え方は、まったくの誤謬なのである。また、ネーション=ステートの強力さから云って、世界国家というのも当分は不可能であると。そして、世界がインターステート・システムとしてほぼ完成した以上、逆説的にナショナリズムは強くなる。例えばサッカーの国際試合など、戦争の代理の側面があるのだ。
 そして、世界の人工化。これは養老孟司氏の言う、世界の「脳化」である。脳が作り出したものが、ますます世界を覆っている。例えばアフリカのサバンナの真ん中に、突如高層ビルの林立した、近代都市ができあがっているという衝撃。「私は…、人間がこのコスモスの中での正当なしかるべき地位を喪って、コスモスの中に宇宙基地のような人工空間を作って、その中で歓楽を尽くそうという志向こそ、経済成長至上主義、社会の全面的な経済化の最も悪しき、最もおそるべき帰結だと思うのです。」(p.152)
 さて、以上で本書の重要さがどれだけ伝わったか疑問だが、例えば「現代を知る」ということがしたいなら、本書は必読書なのではないかとすら思うのだ。