柳沼重剛の好著

地中海世界を彩った人たち―古典にみる人物像 (岩波現代文庫)

地中海世界を彩った人たち―古典にみる人物像 (岩波現代文庫)

ギリシア・ラテンの古典が好きなわりに基本的な知識に欠けている者としては、これは得難い書物だった。古典に関係した人物を題材としたお話なのだが、わかりやすくて面白い。トゥキュディデスなど、読みづらそうで今までなんとなく読んでいなかったのだが、その名文たる所以を構文解説までして説明されると、読んでみたくなった(本当は原文で読まないといけないのだろうが、古代ギリシア語ではね…)。というか、以下に引用するが、これを読むと、自分が今までいかに西洋語を知らなかったか思い知らされる。キケロの弁論術についての文章から。
「…文に関して『短さ』ばかりを強調する風習は、日本語にはいわゆる複文構造(従属節、あるいは分詞構文などプラス主節という構造)が少ないことに由来していると思います。ヨーロッパの何語でもいいですが、複文で書いてある原文を、日本語でも複文に訳すと、たちまちいわゆる直訳調の文になってしまうことが多いです。しかし、複文を用いると、文は長くなりますが、それによって、短い文を並べただけでは得られない、別種の明晰さを得ることができ、それがまさに弁論術が最も大きな効果を発揮する場となるのです。」
「こういう複文のことをギリシア語でperiodosと申しました。これは『ひと巡りの道』、文章があるところから出発して、収まるべきところにぴたりと収まる、という意味です。アリストテレスはこういう文章は読んでいて気持ちがいいと言っています。なぜ気持ちがいいかというと、ある所まで読み進むと、その文の終わりが見えてくる、そしてその終わりに向かって進んだ文が、期待どおりそこにぴたりと収まるからなのです。」