ユダヤ民族の歴史

【新版】ユダヤ民族経済史 (洋泉社MC新書)

【新版】ユダヤ民族経済史 (洋泉社MC新書)

表題には「経済史」とあるが、ユダヤ文化の詳細については論じていないというだけで、実質的にはコンパクトな「ユダヤ民族の歴史の書」といってよいと思う。欧米の歴史文化を考える上で、ユダヤ人についての知識を持つことが必須であるのは当然のことであるが、恥ずかしながら無学を晒しているので、これは大変に勉強になった。だいたい、ディアスポラの過程の知識すらあやふやだったのだ。この本に拠れば、ディアスポラのそもそもの始めは反ローマ戦争の敗北によるものであるが、イスラムの興隆期にユダヤ人は(イスラムユダヤ人に比較的寛容だったので)、イスラム支配地域の全土や、カロリンガ朝のフランク王国下に、主に商人として広がり、西欧世界とイスラム圏を仲介するなど、地中海貿易等々で相当に繁栄した。しかし、イスラムの退潮と共に、ユダヤ人に対して不寛容であったキリスト教によって、スペインやフランスなどから、西アジアや東欧へ移住することを余儀なくされた。この有名な、前者がセファルディーム、後者がアシュケナジームであった、というのである。
 この本の記述は、おおよそナチスユダヤ人虐殺とイスラエルの建国で終っているといってよいと思う。その後の、イスラエルパレスチナ問題は扱っていない。ユダヤ人はそこで、これまでの迫害される立場から迫害する立場に替ったわけだが、それに関しては他に膨大な数の書物があるだろう。例えば、著名なものにエドワード・サイードの一連の著作などがあるわけだが、日本人の書いたものとして、四方田犬彦の『見ることの塩』が思い出される。この本の前半は、イスラエルパレスチナの現在について、これは四方田の美点の出た、優れたルポルタージュになっている。ちなみに、この本について、褒めたものも貶したものも、いずれの文章も読んだことがないのだが、無視するのはもったいない傑作だと思うのだけれども。
見ることの塩 パレスチナ・セルビア紀行

見ることの塩 パレスチナ・セルビア紀行