岡潔――数学の詩人

岡潔―数学の詩人 (岩波新書)

岡潔―数学の詩人 (岩波新書)

何の気なしに読み始めたが、一気に通読し、深い感銘を受けた。岡潔の名は一応早くから小林秀雄との対話で知り、有名な『春宵十話』も、学生の頃古書店で購入して読んでいたのだが、そこに大変な宝があることに気付かず、それ以上追求せずに放置してしまっていたのだった。最近、どこで読んだのか失念したが、中沢新一岡潔の「情緒的知性」に注目しているのは知っていたのだけれども、さすが中沢である。この本を読んで、そのことがよくわかった。著者が、岡潔の数学論文集に十代でめぐり合って、数学を志した人であるのもまた素晴しい。かなり突っ込んだ数学的内容にまで筆が及んでいるが、もちろん数学者でもない自分には雰囲気的なことくらいしか判らないけれども、多変数解析関数の理論というものを、カルタンなどの数学と響きあわせながら、ほとんど独力で創り上げていく様子は、感動的というほかない。それにしても、著者の高瀬正仁氏については全く知るところがなかったが、氏自身も相当な人物であることが、一読してわかる。岡潔も、この人に書かれてよかったな、と思われるのだ。
 蛇足めいたことを付け加えておけば、岡潔は二十世紀の数学の抽象化にとても不満であったのだが、数学に限らず、今現在の様々な学問の抽象化もまた、世界をつまらなくしている原因だというような気がする。それからもうひとつ。近代日本は、マイナーで変人だが、大変に高い境地に達した人物を少なからず生み出してきたな、ということ。今の我々の貧しさは、いったいどういうことなのだろう。我々は何を失い、したがってこれから、どうすればよいのだろうか。

補遺

岡潔の開拓した領域を解説した本として、次のものがあるとわかった。

多変数複素解析

多変数複素解析

ただし、岡の論法そのままではないようで、岡の理論をヘルマンダーが再構成した手法を使っているらしい。ざっと見たところ、自分の基礎力がまったく足りないせいで、断定はしかねるけれども。
 また、奈良女子大学のホームページの中にある岡潔文庫に、原論文とその日本語訳、また未公開論文などがある。(これは、takaBSD氏のブログのこのエントリーに教えられました。ありがとうございます。)