想像力と蛇

蛇儀礼 (岩波文庫)

蛇儀礼 (岩波文庫)

ワールブルク文庫であまりにも有名な、アビ・ワールブルクの人類学の書である。実見したプロブロ・インディアンの儀礼を、未開人の蒙昧がもたらしたものなどという見方をせずに、独自の高い精神文化を土台にしたものとしてリスペクトしながら語っているところがさすがだ。とりわけ雨乞いの儀礼に蛇が関係していることを記述しながら、ギリシアアスクレピオスの杖に絡みつく蛇や、ラオコーンの蛇、また新旧約聖書における蛇(有名なエヴァを誑かしたそれなど)に接続し、古代からの想像力における蛇の重要性を説いている。
 それでちょっと思い出されたのが、目を日本に転じると、吉野裕子の『蛇』なる名著である。一見、日本文化には蛇にまつわる表象はさほどないようにも思われるが、実は精神の古層において中心的な役割を担ったイメージのひとつであることを、様々な事例を基に民俗学的に論証したものである。ワールブルクも吉野も書いているが、蛇はその形(特に頭)から直ちに男根を思わせるのは見易いし、また、その脱皮は再生ということを思わせる。だいたい、いまでも蛇を生理的に嫌う人が多いくらいで、蛇が人間の脳の古層を刺激する(太古小型だった哺乳類が蛇を怖れた名残りか)という話すらあるほどだ。吉野の推論はかなり大胆なものがあるが、相当いいところを衝いているように思える。想像力の不思議を探索するに、人類学や民俗学の知見というのは洵に貴重なものではないだろうか。
蛇 (講談社学術文庫)

蛇 (講談社学術文庫)