偉大な科学史家・廣重徹

近代科学再考 (ちくま学芸文庫)

近代科学再考 (ちくま学芸文庫)

廣重徹(1928-75)は日本の生んだ世界的な科学史家であったが、四十六歳で惜しまれつつ早世した。その短い生涯に残した仕事はたいへんに貴重なものであり、物理学の発展史としては全二巻の『物理学史』に、また廣重の独創的な業績である、科学と社会の関係史としては『科学の社会史』に結実している。
 遺著の文庫化である本書は、廣重のかかる二面の双方を含む、彼の仕事へのよき導入となる好著である。「科学史」の方面でも「科学の社会史」の方面でも、著者の実力はたいへんなものであることは明らかで、とりわけ後者の分野では、現在でもこれを凌ぐ仕事は出ていないように思われる。本書の中では、「補」として収録された「日本の大学の理学部」という論考をもっとも興味深く読んだ。理学部というと今でもどこか浮世離れしたような学問をやっているところというようなイメージがあるが、日本の理学部がいかに国家や社会の影響のもので立ち上げられ、形成されてきたかを、戦争への関与なども含めて論じている。まさしく先駆的な業績であろう。
 それにしても、廣重の死はあまりにも早かった。いま読んでみると、廣重の科学史には場の量子論への言及がほとんどないのに気付く。ところどころでは、はっきりとは名指しされないものの、場の量子論への批判、いや、ほとんど嫌悪のような口ぶりが見られる。実際、当時の物理の最先端だったと思われる巨大加速器プロジェクトへの批判は手厳しい。実際の物理学の発展は廣重の嫌悪の方向へとさらに進み、それをあざ笑うかのように標準理論は大成功を収めている。廣重が生き延びていて現代の物理学を見たら、いったい何というだろうと思うのは、自分ばかりではあるまい。折しも、日本人の基礎理論物理学者が、場の量子論の業績で何人もノーベル賞をとった今年ではあるが。
科学の社会史〈上〉戦争と科学 (岩波現代文庫)

科学の社会史〈上〉戦争と科学 (岩波現代文庫)

科学の社会史〈下〉経済成長と科学 (岩波現代文庫)

科学の社会史〈下〉経済成長と科学 (岩波現代文庫)

物理学史 1 (新物理学シリーズ 5)

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物理学史 2 (新物理学シリーズ 6)

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