西洋の数学のヘゲモニーはどこから来たか

日本の数学 西洋の数学―比較数学史の試み (ちくま学芸文庫)

日本の数学 西洋の数学―比較数学史の試み (ちくま学芸文庫)

数学プロパーでなく、その背景の思想的側面にも配慮した、いい本である。全体的にわかりやすく、数式も高校数学程度で充分に読める。
 日本の数学と西洋の数学を比べるのに、特に円周率πに注目して叙述を進めているが、これはいいところに目を付けたと思う。円は古くからの数学的対象であるし、また数学の様々の分野に関係しているからだ。
 本書に拠ると、西洋と西洋以外の数学のいちばんの違いは、その「構築性」、つまり厳密な「証明」があるかないかということであるようだ。西洋には、あのユークリッドの『原論』が厳密な幾何学的構造をもっている。これは、単に数学上の難問を解くというだけでなく、どうしてそのようになるのかという、問題の一般的背景を探る精神からきていると思われるからだ。だから、日本の「和算」がほとんど微積分に到達しながら、西洋的な発展に至らなかったのも、この一般化がおこなわれず、単に個々人の名人芸に終っているからだといえよう。
 それから、これは西洋と東洋の双方にいえることだが、表記法のほとんど決定的な重要性である。例えば和算の発展にとって、関孝和の記号代数(傍書法)の発明は本質的であるし、西洋の微積分法の発見者はニュートンであるのにも拘わらず、ライプニッツの記法が一般的になったのは、その表記法が数学的本質に適合していたからである。