マリヴォーの異性装劇二篇

贋の侍女・愛の勝利 (岩波文庫)

贋の侍女・愛の勝利 (岩波文庫)

マリヴォーの異性装劇で、ともに男装の令嬢が主人公になっている。どちらも恋愛における「騙し」を扱っていて、喜劇とはいうものの、ヒロインの目的のために(自業自得という点もまあ無いではないが)騙されて誘惑され、苦しんでいる登場人物らの姿を見ていると、痛々しいような気にならざるを得ないほどである。とりわけ「愛の勝利」において、騙されて恋に苦悩する哲学者兄妹の様子には、殆ど苦痛すら覚えてしまう。恋愛感情をかきたてておきながら、最後に二人を裏切るのにも、まったく躊躇は見られず、残酷だ。本書の解説には、「精神的サディズム」の語すら見られるほどである。日本人の書き手なら、果してここまで一点の慈悲もなく、恋愛の残酷さを強調できるだろうか。その点、いかにもフランスの作家だなあと思わざるを得ない。
 マリヴォー(1688-1763)は初めて読んだが、その現代性により、二十世紀において復活し、フランスにおいて今でも大変よく上演される劇作家だというのは、無知なことに初耳だった。また、本書の訳はよくこなれており、特に「贋の侍女」の方はかなり凝っている。