脳卒中をおこした脳科学者の手記

奇跡の脳

奇跡の脳

左脳に脳卒中をおこした脳科学者の手記である。言語や自我の機能にダメージを受け、右脳中心による認識になった具合を詳しく記述しているのだが、それは言語によるのではなく、イメージによる認識になるという。そして、宇宙との一体感、なにか静謐な感覚、さらには悟り、涅槃(ニルヴァーナ)の境地、などともいうのだが、これはまあよいだろう。
 興味深いのは、著者が(心的な)「エネルギー」と呼ぶもので、著者もこの語をとりあえず使っているという感じなのだが、例えば看護師や見舞い客でも、「エネルギー」を吸い取る人と、与えてくれる人がいるという。また、自宅療養になってからも、睡眠が大切で、日中のリハビリで「エネルギー」を使い、睡眠でまたそれを蓄えるのが、ありありとわかるというのだ。これなどは、誰でも体験でわかるが、おもしろいのは、テレビや電話がおそろしく「エネルギー」を吸い取るということで、なにか示唆的な話である。さても、この「エネルギー」という言葉を、もっと唯物論的な自分なりの言い方で置き換えたい誘惑に駆られる。
 最後の方は右脳的と左脳的ということで、著者の実感が述べられているのだが、右脳と左脳の協調をどう築いていくかという点、まったく仏教と接続可能だと思う(だから、ここらあたりは、引いてしまう読者も出てくるだろう。しかし、現代的な言い回しがされている分、仏教の言葉より判りやすいところすらあると思う)。例えば著者は、「右脳マインドをあらわすキーワードをひとつだけ選ぶとしたら、わたしは迷わず『思いやり』を選ぶでしょう」と述べているが、これは仏教的にいえば「慈悲」ということだと思う。また、ネガティブな感情に陥らない、そうなりそうだったら、ポジティブな気分になれる言葉をわざと発してみる、というのも、まさしくその通り、英知だと言いたくなる。そういう単純なことが、心の健康のためには、実は大切なのだ。
 それから、科学者がこれを書いたというのも大きいだろう。そこが、トンデモ本になるところを救っている。訳文も良心的で、労作だというのが一見してわかるようなものだ。様々なことが考えられる、多面的な本になっていると思う。