ファンにとっては待望の、仲正昌樹の新刊

今こそアーレントを読み直す (講談社現代新書)

今こそアーレントを読み直す (講談社現代新書)

これはアーレントについての、教科書的な入門書ではない。著者みずから、「アーレントは『ひねくれ方』が面白い思想家であり、彼女から政治の重要な問題に対する『明晰な答え』を期待しても仕方ない」と(いかにも著者らしい言い方で)述べている通りで、その「ひねくれ」を著者流のやり方で、抉り出した本である。その帰結は、「公的領域」での「活動」と、それに基づく「複数性」の増殖、ということになるのだろうが、そこに至るまでにこの一冊が必要とされたのだから、そんなことを言うより読んだ方が早いだろう。だから、それについてはこれでおしまい。
 まあ取り留めのない感想になるが、西洋思想を徹底して血肉化し、現代の日本に当て嵌めて原理的に考える著者の力は、いま群を抜いていると思う。抽象的な議論なのに、アクチュアルなのだ。例えば、現代の「格差・貧困問題」などについても、自分などは他人事と思えず、つい(単純なと言われても仕方のない)犯人探しをしてしまうことがあるのだが、「弱者に対する共感」という(一見)問題のなさそうな態度が、歴史的に怖しい悲劇を生み出したことを著者は指摘する。フランス革命時の恐怖政治や、ポル・ポト派による大量虐殺などがそれである。これはまったくその通りで、嫌われるのが分っていながら、熱狂化した「正義」がいかに怖しいかを論理的にきちんと指摘する著者は、やはり本物の哲学者だと思う。それにしても、耳に痛かったな。つい紋切型に伝染してしまうのだから。自分の頭できちんと考えるというのは、なかなか難しいことを痛感させられる。