スヴャトスラフ・リヒテル讃

Sviatoslav Richter pianist of the century

Sviatoslav Richter pianist of the century

Mozart: Beethoven: Grieg: Piano Cto/Sonata

Mozart: Beethoven: Grieg: Piano Cto/Sonata

クラシック音楽好きで、ロシアの大ピアニスト、スヴャトスラフ・リヒテルの名を知らない人はまずいないと思われるが、その彼のCDセット二組を聴いてみた。個人的にもリヒテルは、グレン・グールドマウリツィオ・ポリーニと共に、自分の最も愛聴するピアニストの座を占めている。鬼才グールドは、リヒテルを評して「最強のコミュニケーター」と呼んだが、柔軟な対応ぶりを見せるレパートリーの広さは、比類する者がない。強いて言えば現代曲が少ないとは申せるが、まったく弾かないわけではないし、プロコフィエフを現代音楽と見做せるなら、まさしく最高のプロコフィエフ弾きと云えるであろう。(上のDG盤のピアノソナタ第八番など、凄まじい演奏である。)
 リヒテルはまた、長きに亙って現役のピアニストであり、東西の冷戦下で西側デビューが遅かったにも拘らず、最晩年まで見事な演奏を聴かせた。六十年代の大変なヴィルトゥオーソとしての彼だけでなく、晩年の簡素にして瑞々しい演奏を聴かせるピアニストへの変貌も、また面白いところである。リヒテルの特徴として、演奏の「硬化」がなく、スタイルに溺れてしまうところがないという、彼は天才であった。(あのグールドですら、ある程度の「硬化」は免れなかったと思う。)それはレパートリーの特徴でもあり、音楽史で主流のドイツ古典派、ロマン派や、ホームグラウンドであるロシア音楽はもちろんのこと、ショパンやフランス物なども定評ある演奏を聴かせるなど、まさしく「最強のコミュニケーター」とは上手く言ったものであると思う。
 個人的には、彼のシューマンが好きだ。上のDG盤、EMI盤双方にピアノ協奏曲が入っているが、どちらも最高だ。この曲では第一楽章のカデンツァと第三楽章がとりわけ好きなのだが(この好みは一般的ではないかも知れない)、これをまったく美しく感動的に弾いてくれる。(ポリーニ盤やリパッティ盤と共に、愛聴している。)また、上のディスクには入っていないが、幻想曲op.17や幻想小曲集op.12などの演奏も、シューマンのロマンティシズムを堪能させてくれる。
 ちなみにリヒテルはかなりの日本好きで、よく来日してリサイタルを開いていた。これは日本好きだからというわけではないだろうが、ピアノはYAMAHAを愛用していたのは有名である。(グールドの晩年もYAMAHAだったのは、奇妙な暗合。)自分がクラシック音楽を聴くようになってからも何度か来日していたが、亡くなるまでに生で聴かなかったのは、今では残念にも思う。まさしく彼は「世紀のピアニスト」だった。