ヤーコプ・ブルクハルトの処女作

コンスタンティヌス大帝の時代―衰微する古典世界からキリスト教中世へ

コンスタンティヌス大帝の時代―衰微する古典世界からキリスト教中世へ

ブルクハルトは自分が学生の頃、彼の代表作である『イタリアにおけるルネサンスの文化』を読んで感銘を受けて以来、『ギリシア文化史』なども読んできた文化史家であり、ブルクハルトの処女作と云える、本書も読んでみた。第一、このような地味な歴史書が翻訳出版されるということ自体、大変なことであり、翻訳大国日本の面目躍如であって、訳者と出版社に拍手を送りたい。
 さて、コンスタンティヌス大帝(270頃-337)とは勿論、キリスト教を公認してニカイア公会議を開き、またローマ帝国の首都をローマからコンスタンティノポリスコンスタンティノープル)に移したローマ皇帝である。ちょうどキリスト教世界宗教となる道程の転換点、したがってまた、時代が古典古代からキリスト教中世に移り変っていく時期にあたる皇帝であった。ブルクハルトの記述はディオクレアヌス帝に始まって、キリスト教の変質で終っており、歴史の大きな転回を、様々なエピソードを鏤めながら、政治、文化、宗教のすべてに目配りをしながら描いていく。ブルクハルトに拠れば、大帝がキリスト教を公認し、自らキリスト教徒になってみせたりすらしたのは、キリスト教に心底帰依したからというよりは、すべてはキリスト教を、帝国の安寧のために利用するためだった、ということらしい。背教者と云われたユリアヌス帝は、ここからまだ遠くないのである。
 本書が出版されてから百五十年以上もの年月が経過しているのを思えば、学問的な著作としては既に古くなっているところも当然あろうが、幅広い目配りと著作自体の芸術性を鑑みれば、本書はまだまだ読む価値があろう。思えば、あのニーチェが最後まで畏敬の念を以て接していたのは、このブルクハルトただ一人だったのだ。