瀬山士郎の『幾何物語』

幾何物語―現代幾何学の不思議な世界 (ちくま学芸文庫)

幾何物語―現代幾何学の不思議な世界 (ちくま学芸文庫)

同じ著者の『はじめての現代数学』は名著だったが(id:obelisk1:20090417)、一般向けの数学書として、本書も洵に面白い。例えば、ユークリッドの『原論』の五つの公理の内、第五公理(いわゆる平行線公理)を改変した、非ユークリッド幾何学が成立することは多くの人が知っていると思うが、この非ユークリッド幾何学の「無矛盾性」の証明は、どうやってやるのか判るだろうか。本書に拠れば、二次元の場合、ユークリッド幾何学が成立する普通の平面を考え、その上に円を書いて、その円内で特殊な計量を導入し、円周上を無限遠点とすることによって、円内は非ユークリッド幾何学の世界となる。(このような円を「モデル」という。)そしてその円内ではまた、ユークリッド幾何学も同時に成立するので、ユークリッド幾何学が無矛盾なら、また非ユークリッド幾何学も無矛盾だ、ということになるというのである。これはまったく巧妙な方法ではなかろうか。さらに云えば、ユークリッド幾何学はすべて解析幾何学の言葉で書き直せることがわかっているので、解析幾何学のベースである「実数の体系」が無矛盾なら、ユークリッド幾何学、さらには非ユークリッド幾何学の無矛盾性が完全に証明できるのだが、この実数の体系の無矛盾性はというと、これがなんと、まだ証明されていないというのだ。実数の体系が矛盾していれば数学の大部分が崩壊してしまうから、ほぼすべての数学者がその無矛盾性を確信している筈だが、まったく面白い話である。
 また、本書の表紙にもなっているが、定規とコンパスによる、正五角形の作図法など、頭がクラクラしてくるほど上手く出来ている。あの大ガウスが己の数学の力を確信したのが、ガウス十九歳の時、朝起きたてに正十七角形の作図法が閃いたことだというのは有名な話だが、このような幾何の問題がガウスの出発点だったという点でも、興味深いエピソードである。