吉本隆明の「老い」の思想

老いの超え方 (朝日文庫)

老いの超え方 (朝日文庫)

まだまだ老いというものが殆ど感じられない若輩者なので、本書は「ああ吉本さんの本だ」と思って読んでみたのだが、これは勉強になった。「…事故の後遺症で足腰が悪くなったり、目が悪くなったりして、ろくに仕事ができなくなって、一時は思い悩みました」という文章があるが、確かに文芸評論とかいったものは難しくなっても、著者ほどの人が「老い」というものに真正面から取り組むというのは、これもまた多大な貢献にならないとどうして言えよう。
 例えば、著者によると、医者は大切なことがわかっていないし、多くの人がそれを言えないでいる、ということらしい。医者は、患者がこういう状態ならこうすると、十把一絡げで画一的な対応であり、個々の患者の実態を考慮しない。あの人ならできるかも知れないが、自分がやったら死んでしまうということまで、平気でやらせるのだ。著者の父親が癌かなにかの検査で病院へ行ったのだが、寒い廊下で延々と待たされて、その父親は、こんな検査ならしないほうがマシだと怒って帰ってしまった。それは正しいと著者はいうし、またその父親は、癌が見つかって、医者は手術をするといったが、心臓が悪い父親が、その手術で亡くなってしまうということもあるのに、まだ医者は手術をするといったらしい。結局、他の専門家にも聞いて、手術はしなかったのだが、その選択でよかっただろうとも、著者はいうのだ。
 また、よく言われることでもあるが、老いても「性」の問題はなくならないというのも、著者の実感だという。まあ著者は自分にはそう切実ではないということだが、老いても性を追求した谷崎潤一郎や、川端康成などの心境もわかるという。
 それから、著者によれば、老いというのは寂しいものらしい。著者は、幼稚園と老人ホームが一緒になるといいと、何度もいうが、それは、寂しい老人には子供というのはいいもので、また子供にも、老人といるというのはいいことだからだ。
 今よく言われているように、高齢化社会は待ったなしだ。著者の「老い」(それからもちろん「死」)についての思索は貴重なものであり、本書は、例えば二十代の人が読んでも、きっと色々な点で得るところがあると思う。