幸田文は今?

幸田文には感心しないことがない。文体の掘削力が凄い。基本的なデッサンの力も、例えばこんな具合である。
「灰に塊のない、おとしの拭いてある火鉢に適当な火が紅く、鉄瓶が鳴っている。その鉄瓶を脇の五徳へのけておいて、火のふところを拡げ火勢を平らにする。茶を入れた茶焙じをかざす。火に敏感な茶の葉はすぐ身をよじって反りかえりだすし、同時に香ばしい匂いをたてる。頃あいになったら茶焙じを傾けて、手早に土瓶へ移し湯をさす。ち、ちち、しゅうと爽かな音がして湯気と香気があがる。鉄瓶をもとの火に戻し、伏せてある茶碗を起し、ゆっくりと注ぐ。と、ちょうどいい色と味と匂いが立つ。たてるところを見せて進じるのは、茶室の茶に限ることはない。番茶は親しい人と話しつつ、焙じるところを見せて酌みたいお茶だ。あるいは、親しい人とうちのものとの話を妨げないで、しゅうと音させていれるお茶だ。気楽で、安上りで、なつかしいお茶だ。私のうちは親の代から番茶党である。」