刺激的な数学通史

物語 数学の歴史―正しさへの挑戦 (中公新書)

物語 数学の歴史―正しさへの挑戦 (中公新書)

新書という体裁から云っても、本書は一般読者に宛てたものではあるが、中身はそれほどやさしくはない。といっても、前提になる知識が必要というよりは、立ち止まって考える力が要る、というようなものである。数学通史として古代から現代までをバランスよく扱っているが、その扱い方はなかなか独創的なのではないか。例えば冒頭、数学の芽は「割り算」だ、という観点は面白い。有名な古代ギリシアの「ユークリッドの互除法」はまさしく割り算が主役だし(そこから、高度な「比の理論」が生まれる)、エジプトでも、メソポタミアでも、中国でも、割り算の不思議さが数学の始まりになっている、という。
 記述の時代が進んでいくにつれ、本書のライトモチーフとして、「計算する」数学と「見る」数学の対比、ということが出てくる。これもまた著者の独創だと思われるのだが、古代からの幾何学が「見る」数学だとすれば、デカルトが座標を導入し、幾何学を代数化したのは「計算する」数学だ、というわけである。この弁証法はその後も登場し、射影幾何学の形式論理化がまさしくそうだし、そのような流れが行き過ぎたところにあらわれたのが、「見る」数学である、リーマンの「面」の概念であり、リーマンの後世への決定的な影響も、そこにあった、というのだ。そして、グロタンディークのスキーム理論は、その異質な二つの数学を一挙に統合してしまう。
 本書が万人におもしろいかはちょっと自信がないのだが(新書にしては難解かも知れない)、自分にはとても刺激的だった。数学史というのも既にたくさん書かれているから、こうして新鮮な切り口を見せてくれるためには、かなりの努力が必要だったのではなかろうか。数学本を読むといつも思うのは、数学は無限に豊かであり、尽きることがない、ということである。まさしく学問の女王であり、楽しみもまた尽きることがない。