M.A.アストゥリアスのマジック・リアリズム

グアテマラ伝説集 (岩波文庫)

グアテマラ伝説集 (岩波文庫)

アストゥリアス(1899-1974)はグアテマラノーベル文学賞受賞者であり、有名な「マジック・リアリズム」の創始者のひとりと云われる。その文体は独特なもので、圧縮された、シュールレアリスティックな比喩をふんだんに用いるのが特徴だ。例えば、「あまりにも月を見すぎたために骨が銀になってしまい、顔を天に向けたまま年老いてしまった天文学者」なんていうのはどうだろう。もう少し長く引いてみよう。

緑色の巨大な斑(しみ)が彼を取りまき始めた。塩味のする、太古の文明の贅肉。地上では想像もつかない距離を思わせる、広大な海原に浮かぶ粘液状の海草。もう一つの斑が、どことも計り難い彼方、海の軟らかな翡翠の茫漠とした水平線のあたりに形を成し始めた。ポジェはもう躊躇しなかった。さらに、その向うに第三の斑、螺鈿の静かな爆発に輝く星の枝によってかき立てられた。喘ぐ水の斑が色づき始めると、彼は踵を返し、戻ろうとしたが、自分自身の川を遡ることができずに、長い間水面を力なく呆然と漂ったあげく、イグアナの吹く厖大な泡のようになって窒息してしまった。

 短篇は詩的な効果がもっぱらで、話の筋はわかりにくいようなものだが、訳者による解説をみると、意外に現実的な意味をもったものも多いらしい。特筆すべきは、背後に(プロットにおいても比喩の質においても)マヤ文明の神話や、インディオの伝説が濃厚にあることで、それが我々には、とてもエキゾティックに感じられる。もう少しいえば、エキゾチズムとモダニズムの混淆、というところだろうか。
 それから、訳者の牛島信明氏がすでに亡くなっておられたとは知らなかった。周知のことながら、スペイン語文学の練達の翻訳を多くされており、本書の訳もすばらしいだけに、残念だ。個人的には、岩波文庫の『ドン・キホーテ』の翻訳が忘れられない。