- 作者: 熊谷守一
- 出版社/メーカー: 平凡社
- 発売日: 2000/02/15
- メディア: 文庫
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という訳で本書だが、谷川徹三の熊谷論と赤瀬川原平の解説が見事なので、特に付け加えるようなこともない。適当に感想を述べよう。本書は著者九十一歳のときの聞書きであるが、絵に劣らず、言葉もシンプルで、坦々と己の半生を語っていきながら、ホントかよといいたいようなユーモレスクなエピソードに満ちている。例えばこうだ。
「ある日、例によって昼間眠っていたところ、ガタゴト音がして空巣がはいってきたことがありました。こちらは目が醒めたがじっとしていると、何かぶつくさひとりごとをいっている。声を聞くと女です。ところが、あんまり長いことブツブツひとりごとを言っているので、こちらもついうっかり合いづちを打ったら、向こうはびっくり仰天して逃げて行ってしまいました。昼間なのに雨戸が閉めてあるので、留守だと思ったのでしょう。」
どうだろう。思わず(笑)と書き足したくなるような話ではないか。また、本書はこう終っている。
「私はだから、誰が相手にしてくれなくとも、石ころ一つとでも十分暮らせます。監獄にはいって、いちばん楽々と生きていける人間は、広い世の中で、この私かもしれません。」
家の庭がすでに、一乾坤なのである。こういう人が生きていける世の中であってほしいと、つくづく思う。