トルクァート・タッソの『エルサレム解放』

タッソ エルサレム解放 (岩波文庫)

タッソ エルサレム解放 (岩波文庫)

言わずと知れた西欧文学の古典中の古典であり、西欧絵画を始めとして、後世に様々な影響を与えている傑作である。本書は、アルフレードジュリアーニが編集した省略版であり、鷲平京子による渾身の訳業ゆえ、全訳でなかったのは洵に残念だ。オリジナルは大変な難物らしいから、致し方のないことかも知れないが。翻訳でもその素晴しさは充分伝わる。タンクレーディとアルガンテの最後の戦いなど、凄まじい迫力だ。
 編者であるジュリアーニの要約を挟みながら、本文を読んでいくという本書の形式は、確かに筋をわかりやすくはしているが、正直言って要約が邪魔だ。本文に没入していきたいところで、解説があって醒めてしまう。これも、全訳でないことの弊害だ。
 それから訳者は、本書はキリスト教の勝利の物語ではあるが、タッソの内では、「キリスト教唯一神も、むろんイスラム教の唯一神も存在せず、唯一の『天』が、無情なままに、限りなく拡がっているだけなのではないか」などと云っているが、果してそんなものだろうかと思う。いかにキリスト教文学の大古典だとはいえ、イスラム教徒が本書を読めば、どういう気持ちになるかは明らかなことだろう。難しい問題だが、こういうものが書かれた事実は事実として、認めねばならないのではなかろうか。
 ネガティヴなことも多く書いたが、これも本書のすばらしさ故である。是非とも手にとって頂きたい名著名訳だ。