日本は農業大国だ。農水省は嘘をつくな

日本は世界5位の農業大国 大嘘だらけの食料自給率 (講談社+α新書)

日本は世界5位の農業大国 大嘘だらけの食料自給率 (講談社+α新書)

最近読んだ中で、これほど感動させられた本はない。日本の農業は危機的だから、何とかしないといけない、ではない。日本の農業は既に強いのである(生産額で世界五位)。スーパーマーケットなどに国産の野菜が溢れているのにもかかわらず、食料自給率が低いというのはどういうことだ、と思われる方もいるかもしれないが、その直感は正しい。そこのところのからくりは、「カロリー・ベースの食料自給率」という、世界の他のどこにもない珍妙な数式によって、農水省の役人がはじき出した数字がミソなのである。野菜はカロリーが低い食べ物だが、商品の高付加価値のために、農家の作物が野菜に転換しただけで、自給率は下がってしまうしくみだ。また、数式の分母に輸出入の項があるため、国内での生産がどうあろうと、(仮に国民が飢えていようが、)輸出入がゼロになれば、自動的に自給率は百%になってしまうのである(笑)*1。こんな数字で、正しい農業政策が行なわれる筈がない*2。では、どうして農水省は、こんな数字で世の不安を煽ってみせるのか。その方が、自分たちが口を出す理由ができるからに他ならない。
 本書によれば、農業の現状を「兼業農家」で見てはいけないという。彼らのほとんどは農業以外の「本業」で生活しており、農業をやらなくても食べていけるのに、米さえ作っておけば、国からの補助金がいただけてしまうのである。いわば「擬似農家」なのである。ゆえに彼らは、意欲ある「専業農家」に対して害にすらなる。既に意欲ある農家は、生産性を向上させ、高品質の商品を作ることによって、農業を充分に魅力的なビジネスにしているのである*3
 本書で驚かされる、というよりは、またかとウンザリさせられるのは、農水省が日本の農業の現状を意図的に悪化させたくてしようがない、という点である。その方が口が出せるから。これは少し前ならば、ちょっと信じられなかったような話なのだが、官僚が重要視するのは日本のよりよい将来などではなく、一にも二にも省益と利権だということで、これは最近では常識になった。本書には、その利権の話もたくさん出てくる。いわば本書の抉り出した問題は、日本の行政問題の典型となっているのだ。暗澹とさせられるのは、日本の官僚らというのは別に特殊な日本人などではなく、我々と何の違いもない、日本人の典型だということだ。私もあなたも、官僚になったら恐らく、彼らと同じことをしてしまう可能性が高い。結局、問題の根源はここなのだ。だからこそ、せめて官僚でない者は、事実をベースに、批判的精神を陶冶せねばならぬのだろう。本書が貴重なのも、その役割を見事にはたしているからである。

*1:この数式を使うと、食料の輸出入ができない最貧国の食料自給率は、たとえ国民が飢えているとしても、きわめて高くなる。

*2:実際、「食料自給率」などという指標は、その国の農業に関して殆どどうでもいい数字なのである。こんな数字を重要視している国は、日本だけなのだ。他国の自給率なんていうのも、日本の農水省がわざわざ御苦労にも計算してみせてくれているのである。

*3:それゆえ筆者は、民主党の「個別所得保障政策」を、「擬似農家」に無意味に税金を投入し、プロの農家のやる気を失わせかねない悪政だと断言する。