魔都上海

魔都上海 日本知識人の「近代」体験 (ちくま学芸文庫)

魔都上海 日本知識人の「近代」体験 (ちくま学芸文庫)

日本及び日本人にとっての上海が、いかに重要だったかという視点で書かれた本である。そう、幕末の頃から、日本にとって上海は重要だったのだ。そこには擬似的な「西洋」があり、日本の知識人はそれに触れて、大いにカルチャー・ショックを受けたのである。それは、攘夷主義者を開国派に一変させてしまうほどのものであった。また、上海で作られた夥しい数の洋書の漢訳本は、日本に数多く入って、当時の日本人の世界的状況の把握に、少なからぬ影響を与えたという。その当時の上海は、西洋なる「情報」の、一大集積地点なのであったわけだ。
 その後、開国して力を蓄えてきた日本にとって、上海は違った姿で見られるようになった。明治人らは上海を、一種の「ロマン」として捉えるようになったのである。上海で一旗挙げようという者、上海を訪れた文学者たち…。そしてさらに大正になると、作家たちの中に上海に耽溺する者が出てくる。その中では、谷崎潤一郎金子光晴などの例が面白かった。彼らは上海に、デカダンスを感じていたのだった。
 しかし著者に拠れば、日本軍の上海占領の後、上海は混沌とした魅力を失っていったようである。日本軍は上海を、ただののっぺりとした都市に変えてしまった。そして上海が再び大きく変貌するのは、経済の開放政策によって、中国における資本主義の拠点となってからのことだった。それは、今の上海万博に繋がっているだろう。中国はこのあと、上海をどのような方向にもっていこうとしているのだろうか。上海と日本との関係も、今後まったく絶えてしまうことはあり得ない。むしろ、そこが将来の日中関係を占う、ひとつの特異点となるのかも知れない。