絲山秋子の奇跡的な小説

海の仙人 (新潮文庫)

海の仙人 (新潮文庫)

奇跡的なすばらしい小説です。読んでください。そう云ってこれ以上何も書かないというのが、本当はベストなのでしょう。また、福田和也の文庫解説が、云うべきことをすべて云っている。だからまあ、蛇足をほんの少しだけ、付しておきましょう。読み終えてみて、生きてゆくことのいとおしさ、とでもいうべき感覚が、心に残っています。それは、嫌らしく生きていてはダメで、とにかく丹念に生きていくというのか、芯をもって、日々過ごしていかねば得られないものです。その核心は、男女の間柄の扱い方にあるでしょう。著者の小説にあってはいつもそこが見事なのですが、本書での男女の扱いはじつに奇跡的です。「もののあはれ」などという言葉が、自然と浮かんでくるくらい。忘れずに付け加えておきますが、小道具(自動車、音楽、細かいアイテム等々)の使い方やナラティヴなど、技術的にもしっかりしていて、安心して読めます。是非、御一読を。