ディキンソンの詩に驚嘆する

対訳 ディキンソン詩集―アメリカ詩人選〈3〉 (岩波文庫)

対訳 ディキンソン詩集―アメリカ詩人選〈3〉 (岩波文庫)

自分はあまり詩を読まないほうですし、この『対訳 ディキンソン詩集』を積ん読から手に取ったのも何の気なしにでしたが、読み始めてみると、無知は恐しいなあと思わずにはいられませんでした。何という強靭な詩の数々でしょうか。作者エミリー・ディキンソン(1830-86)はアメリカの女流詩人ですが、生前は自作をほとんど発表せず、家族による死後出版で認められたという経歴の持ち主です。快活なところもありましたが控えめな性格で、派手なロマンスもなく(といっても異性を愛する心は持っていました)、晩年は人ともほとんど交際しなかったような生涯でした。しかし、彼女の詩は、嫋嫋としたものとは正反対の、英語の力強さのはっきりと出た、凝縮されたものです。正直自分の語学力では手に余るので、対訳という形は大変に有難いものでした。詩の理解も冷や汗物ですが、ひとつ引用しておきましょう。

There's a certain Slant of light,
Winter Afternoons―
That oppresses, like the Heft
Of Cathedral Tunes―


Heavenly Hurt, it gives us―
We can find no scar,
But internal difference,
Where the Meanings, are―


None may teach it―Any―
'Tis the Seal Despair―
An imperial affliction
Sent us of the Air


When it comes, the Landscape listens―
Shadows―hold their breath―
When it goes, 'tis like the Distance
On the look of Death―

対訳も少し変えて引いておきます。

斜めに射し込む光がある、
冬の日の午後―
大聖堂の調べの重みのように、
それは人の心を圧する―


それは 天上の痛みを与える―
傷跡は見つからない、
ただ 心のなかに変化が生じ、
そこに 意味がある―


誰もそれを教えられない―これっぽっちも―
それは「絶望」の印形―
空から送られてきた
荘厳な苦悩だ―


それが来たるとき、風景は耳を欹てる―
物影は―息を凝らす―
それが去るときは、遥かな距離のようだ
「死」の表情の上の―

詩人は、冬の午後をこう歌うのです。
 詩人が生涯に残した詩は1700篇を超え、本書に収められた50篇にしても様々なものがあり、おおよそ精神の強靭さと柔軟さを示すのは同じですが、上に挙げたような厳しいものばかりでなく、軽妙さやユーモアを湛えたものにも事欠きません。今やディキンソンは、アメリカ最大の詩人のひとりとして認められているというのは、当然のことではあるでしょう。しかしまったく、大詩人というのはどこに現れるかわからないものだ、と言わなければならないでしょうね。