幾何学文様の美とペンローズ・タイル

画家エッシャーのことを知っていられる方は少なくないだろう。いわゆる「だまし絵」というのか、不思議な幾何学的絵画を描く二十世紀の画家である。ではペンローズはどうだろう。高名な(ノーベル賞を噂されるような)数学者・物理学者でもあり、意識の解明には量子重力理論の完成が不可欠だと主張する、「自然哲学者」でもある、というと、これはなんとも敬遠したいと思われる向きもあろうか。
 突然であるが、単一の正多角形で空間を埋めていく(充填する)ことを考えてみる。正三角形や正四角形(正方形)、正六角形では、それは簡単に行なえることはすぐにわかるだろう。また、正七角形以上では不可能なことは、これはさほど難しくなく証明できるそうである。では、正五角形ではどうか。やってみればすぐにわかるが、これは不可能である。いいかえれば、五回対称の格子は存在しない。
 それで話は終らないのである。ペンローズは、周期的でなければ(言い換えれば、準周期的であれば)、五回対称の平面充填は可能であることを発見したのである。これは、ペンローズ・タイルと呼ばれる二種類の図形で、本書によれば、タイプAとタイプBの二通りの組み合わせがあるらしい(相互に変換可能)。これは画期的な独創で、ペンローズの発見ののちに(!)、アルミニウム‐マンガン合金の結晶体として、自然界にも存在することがわかった。そしてこれも驚くべきことに、あの精緻なイスラム模様のうちに、このペンローズ・タイルとまったく同じものが、ほとんど奇跡的に発見されたというのだ。これは十五世紀のもので、ペンローズの「発見」の五百年前に、無名の職人が人知れずこれを作っていたのだった。しかし、このペンローズ・タイルで空間を充填するのはかなりむずかしい(決った手順がない)そうで、他の例は乏しそうである。
 というような感じで、本書は空間充填に関する本である。といっても数式などはもちろんなしで、絵や図を見ているだけで楽しい。上に挙げたイスラム幾何学文様はもちろん素晴しいものだし、日本の(空間充填になっている)様々の意匠が、洗練され美しいものであることも愉快だ。幾何学文様の美しさを、本書で是非堪能されたい。