奥泉光と太平洋戦争

石の来歴 浪漫的な行軍の記録 (講談社文芸文庫)

石の来歴 浪漫的な行軍の記録 (講談社文芸文庫)

「浪漫的な行軍の記録」の方が力作だ。退屈による苦痛で途中投げ出しかけたが、小説は最後まで読んでみないとわからないものである。太平洋戦争下のフィリピンにおける、流浪する日本軍が主題で、絶望的で幻覚的な行軍の様子がしつこく延々と描写されるのであるが、しつこさもここまでいくと感嘆に変わらざるを得ない。過去と現在は交錯するのだが、しかし、途中で湾岸戦争を引っ張り出してきたのは、どうだろうか。却って余分だったかもしれない。とは云っても、全体的に力技である。
 「石の来歴」の方は、雰囲気は「浪漫的な…」に似ているが、まだ未熟な感じがする。
 いずれの作にせよ、太平洋戦争と現代とを繋ぎたいという、作者の意図は見える。現代にあろうと、我々(日本人)はみな死人(シビト)だ、というのは、言いたいことはわかるが、やはり一面的な見方であり、シニシズムであろう。まわりの人間は生きていないが、自分は違う、そして現状は絶望的だ、という含意が、どうしても出てきてしまう。我々は精神的に貧しい事実は認めて、それを何とか脱却しようとするしかないのではないか。少なくとも自分は、自虐のつもりではなく、常に自分の貧しさに驚き続けている。それはよくわかっているから、醜い自画像をいまさら見せつけられても、何ともリアクションに困るのである。