「自然な」散文ということ

特別な一日―読書漫録 (平凡社ライブラリー)

特別な一日―読書漫録 (平凡社ライブラリー)

滋味がこちらに染み込んでくるような散文だ。この集の中ではちょっと異質だが、「わがオーウェル」には心動かされた。山田稔オーウェルに感動していたとは。オーウェルは自分が学生のとき、英語で読んで感銘を受けた数少ない作家のひとりであり、それもあって、山田の文章に感情移入して読んだのである。オーウェルを読んだ時、自分はその「恐るべき正直さ」とでもいうものに驚かされたのであり、政治的な部分にはほとんど引っ掛かっていなかったのだが、山田稔はと云えば、氏にも政治の季節があったとはまったく意外であった。
 京都を中心とした文章群なので、個人的に懐しさもあった。文学、同人誌、語学、それらを巡る人々。こういうことはあまり思わないのだが、「うらやましいな」という感じを抱かないでもない。自分が京都で出会った人々も悪くなかったけれど、なんというか、時代がちがうと感じないわけにはいかない。自分の学生時代は、バブルの余熱がまだ残っている頃だった。
 まあそんなことはそれとして、本書の文章は、言うまでもないが素晴しい散文であり、技術的にもじつに上手いのだが、さらりとしていて技巧が見えない。さりげない木彫りの彫刻のような芸術品である。