ボルヘスの詩論

詩という仕事について (岩波文庫)

詩という仕事について (岩波文庫)

ボルヘスの詩論で、原文は英語でなされた講演を収めたものである。自分が詩音痴である上に、ボルヘスの詩の読解が深くて、就いて行くだけでも精一杯というところか。実際、まあボルヘスと比べるのが間違っているのだが、引用される英詩(ほとんど英詩である)の自分の読みの浅さには、つくづく情けなくなってしまった。とまれ、それは措いておくと、これはいかにもボルヘスらしい本である。散文と詩の違いはほとんどない。すべては隠喩だ、と。「すべての隠喩が二つの異なるものを結びつけて作られると考えるならば、われわれは、ほとんど信じがたい数の隠喩を産むことが可能なのです。…私の考えでは、その総計は10,000×9,999×9,998×…ということになるはずです。」
 また、第四章の「言葉の調べと翻訳」は、独特の翻訳観がきわめて興味深い。ボルヘスの論述を暴力的に要約してしまえば、逐語訳というのは誤訳であるが、それだからこそ新しさと美が宿ることがある、ということである。例えば有名なフィッツジェラルドによるオマル・ハイヤームの翻訳は、英詩なら許されない表現が、翻訳ということで許されたために、新たな美を獲得した、というわけだ。なるほどと思わざるを得ないではないか。