山本善行撰の上林暁

上林暁傑作小説集『星を撒いた街』

上林暁傑作小説集『星を撒いた街』

上林暁の小説は文庫で二冊読んだことがあるだけだが、山本善行氏の撰になるこのアンソロジーを読んでみて、陳腐な表現になってしまうけれども、そのすばらしさに驚かされた。一字一句、心に沁み入ってくるような文章が並んでいる。私小説にこんないいものがあるとは。目を開かれたような思いだ。
 自分は最近、変な言い方になってしまうが、何でもない「普通の」人の「普通の」ブログの面白さに気づいたのだけれども、「私小説」の面白さも、それに多少似ているかとも思う。つまらない人生などない、というか。それがすばらしい文章で書かれていれば、なおさらである。
 上林暁というと「病妻もの」が有名で、本書にもいいものが収録されているが、決してそればかりでないこともわかった。撰者の思い入れがあるという、冒頭の「花の精」は、庭の抜かれた月見草と語り手の心の動きの描写、さらには再び月見草をもちかえる結末が絶品であるし、高台鏡一郎という不思議な詩人のポートレートである「諷詠詩人」は、しみじみ故人を語りながら鮮やかな印象を残す。いや、どれも甲乙つけ難い。
 あわてて付記しておけば、夏葉社の出した本書は、「書物」としてもとてもゆかしい。ちょっと古風な、つつましくも美しい本になっている。