「物理」と「情報学」としての量子力学
- 作者: 佐藤文隆
- 出版社/メーカー: 青土社
- 発売日: 2011/06/25
- メディア: 単行本
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本書で自分がいちばん刺激的だったのは、世界全体として、まず物の世界があり、そして心の世界があるが、それらに加えて「情報」の世界があるという主張である。もちろんこのような考え自体は何のめずらしさもないが、これを物理学者中の物理学者がいうことに意義があるのだ。もう少し物理に引きつけていうと、量子力学は、ひとつは「物理」、もうひとつは「情報学」である、という考え方である。前者は、プランク定数hが必須の物理オペレーターの間の関係式であり、後者は、hの必要ない状態ベクトルの演算則に係る。そして、最近注目されてきた量子暗号、量子コンピュータなどは、量子力学の後者の世界なのだ。これは従来では過疎的な傍系だったのだが、いまやこちらの分野が、多くの物理学者に職を与えそうな勢いになっている。
それに関して面白いのは、ハイテクの進歩により、状態ベクトル(波動関数)の制御という、従来の量子力学では考えも及ばなかったことが、視野に入ってきたことである。自分にはちょっと分らないところがあるのだが、これは、状態ベクトルが仮想的なものではなく、「物理量」ではないにせよ、何らかの物理的な実在性をもつということを意味しているように思える。ということは、あの抽象的なヒルベルト空間が、現実のものであるということであろうか。これはおそろしい話だ。
本書はその他、「ディラック方程式はオペレーターの方程式であり、状態ベクトルのそれではない」とか、「シュレーディンガー方程式は量子力学の基礎方程式ではない」など、物理学の周辺でうろうろしている者には強烈なパンチを放って下されたりもする。重力場方程式のTS解の発見は、「ブラックホールに毛が三本ということはないだろう」ということが動機だったというエピソードなど、さすがに恰好いいねえ。それから、(量子)遅延選択実験の衝撃は自分も感じ、もっと知りたいと思うのであるが、先生、もう少し手加減してください! 「まったくランダムな時刻にヒットしている現象(各検出器のヒット記録)そのものを『自然』と表現するなら、量子力学という理論の枠組みは混沌とした自然のなかにある秩序(相関)を探し出すツールを与えているのである。たしかに入射波の吸収も放出も全ては確率でつながっているから、光子がヒットする時間は完全な確率事象であって時刻はランダムである。しかしその中にもきちんとした秩序が隠されているのである。しかし秩序そのものは時空上に発現してないのである。」(p.163) 時空上に発現していない秩序…とは。